合同祝賀会11月19日(金)

①山と渓谷社創立80周年記念「圏谷のシンフォニー」出版記念②北アルプス涸沢ヒュッテ開設60周年記念③山岳写真の会「白い峰」創立35周年記念という合同祝賀会に行ってきました。場所は東京會舘です。
出版関係、写真関係、山小屋関係などざっと250人ほどが参加しました。
私は翌日から城ヶ崎で岩登り講習があるため、ワッと食事をして早々に帰路につきましたが、祝賀会は盛大で盛り上がっていました。

レスキュー技術研修・上級レスキュー検定

11月13日~14日に越沢バットレスにて、ガイド研修(レスキュー技術)、及び上級レスキュー検定が行われました。写真を撮りそこなったため一部しかありませんがご覧下さい。

2010 IKAR-CISA in スロバキア

AGS-J顧問医師 大橋先生からIKAR-CISA(国際山岳救助委員会)に出席された際のスロバキアの写真が届きましたので掲載いたします。

去る10月5~10日とスロバキア共和国タトラ山にあるスターリースモコベッツで開催されましたIKAR-CISA(国際山岳救助委員会)の医療部会に参加してまいりました。
タトラはスロバキア共和国の象徴(日本の富士山に相当)ですが、わが国ではスイス・オーストリアを中心としたヨーロッパアルプスほど知られていません。私は会議の後1日予定を延長して周辺をトレッキングしてまいりましたので紹介します。
 なおIKAR-CISA 2010の会議内容につきましては、討論された内容のうち公開可能な内容を逐次翻訳して後日アップいたします。

写真1 タトラ山脈の遠望 大町あたりからみる北アルプスによく似ていました。手前の電車はふもとのポプラッドタトリーと言う町からタトラの登山口の一つでもあるスターリースモコベッツへ行く登山電車です。
写真2 タトラ山脈ロムニツキー峰。一見すると妙高山みたいで標高もほぼ同じです。
写真3 会議のあったスターリースモコベッツの街並み。


IKARの会議のあったスターリースモコベッツは、このタトラ山脈の玄関口の一つで、スロバキア共和国の東寄りに位置します。日本から行くには成田―フランクフルト(又はパリ)-クラコフ(ポーランド)経由でクラコフから車で3時間程度かかります。スターリースモコベッツはタトラ山脈の南側、クラコフは北側に位置します。標高は最も高いところで2650m、全体としては2000~2600mですから日本でいうと八ヶ岳よりは低く、妙高山、男体山クラスです。ただ緯度が高いため森林限界は1500mと北海道なみです。

写真4 コース案内版
写真5 木にペンキで書かれたトレッキングルートを示すマーク
写真6 山小屋の玄関
タトラには縦横にトレッキングルートがあり写真のようなルートごとのマークをたどっていける様になっています。このルートをたどる限りガイドは必要ない、とのことでした。おおむね数時間程度歩くと写真のような山小屋があります。山小屋のドアの右にあるマークが山岳救助隊のマークです。日本のような遭難時に有志が召集される救助隊ではなく、冬のスキーと夏のトレッキングにヨーロッパ中から集まる客に対応するための常設の山岳サービス組織でガイドやコースの監視も兼ねているようです。

写真7 スキーリフトからの救助訓練
IKARの本会議の前日にワークショップが行われ、パラグライダーが操縦不能に陥って木に引っ掛かった場合、スキー場のリフトやゴンドラが止まった場合を想定した救助の実技を地元の救助隊および各国の救助隊がデモしていました。タトラの森林限界は1500m程度でそれ以上の標高では冬はスキー、夏はパラグライダーが盛んに行われ、地元の山岳救助隊員の話では、ある年の夏、風の条件の悪い時にパラグライダーの大会が行われ、操縦不能から木に引っ掛かるケースが同時に数件発生して地元の山岳救助隊が大変だったと言っておりました。

写真8 写真2の、向かって左に見える尾根(稜線)上から裏側をのぞいたところです。私が歩いたトレッキングルートはちょうどこの写真の写っているところです。写真で見る、山肌に雪のあるところは北側の斜面で、この雪は夏も残る雪渓ではなく、なんと今年の8~9月の1m位の積雪の名残だそうです。北緯50度前後で標高2000m以上のため、昼間は10度前後ある気温も夜間は0度以下になり、ルート上の雪は昼間はトレッカーにより踏み固められ夜間に凍結することとなります。ビブラム底の革製登山靴で歩いた私は滑落しないようにバランスをとるのに苦労しました。おまけにトレッキングルート上にある(日本の剣岳のカニのタテバイ・ヨコバイ風の)鎖場は半分雪で埋まっており、ガイド不要の一般トレッキングコースとはいえエライ目に逢いました。

写真9 ふもとのスターリースモコベッツからのトレッキングルートから見た風景です。明神を左に見る上高地あたりによく似てますが、景色のスケールはこちらの方が雄大でした。

写真10 写真8の左手奥に見える山肌に雪の付いた稜線を超えるとこのような風景がありました。この写真の正面にある岩場が、先の写真の山肌に雪の付いた稜線の南側にあたり、天気も良かったことから何名かのクライマーがとりついていました。

写真11 写真10の地点からスターリースモコベッツへ下山する途中の道筋、秋真っ盛りの10月で緯度も高いことから午後になるとみるみる日が西に傾きました。

今回私が歩いたルートは一般ルートで、ゆっくり歩いても10時間くらいです。イメージ的には上高地から奥穂小屋を通って新穂高へ抜けるルートと言ったところでしょうか。

以上、日本にはあまり知られていないスロバキア共和国タトラ山塊のトレッキング報告でした。